アッパーリミットとは?

人には、自分の慣れ親しんだ思考パターンがあります。

 

それと同時に、自分が感じられる幸せの量、その上限もあるんですよね。(アッパーリミット)
それを超えると、今までスムーズだったのに急にうまくいかない出来事が起こったり、感情がざわざわしたり。

ここでやめておかないと大変なことになるよ!!っていう無意識からのお知らせ(サイン)みたいなことです。

何が大変なことっていうのは、自分の幸せの量を超えちゃうってことです。

幸せなんだから、超えればいいじゃん。って思うんだけど。

これがまたやっかいで。

意識としては、「さらに幸せを感じたい」とか「さらに喜びたい」って 思ってても
無意識(過去世含む)ゾーンでは、ここを超えると危ないぞ!!前みたいに つらいめにあうんだぞ!!のお知らせなんですね。

人は影よりヒカリのほうが、怖いって、よく言われるけど ほんとそのとおりなんだと思います。影っていうより、コンフォートゾーンから でるのは 怖いんでしょうね。

自己尊重感(自己肯定感)が、低いかたや幸せや喜びに慣れてないかたは、少しの幸せでもそれを恐怖に感じ、無意識に闇のほうにひっぱっていくエネルギーが発動していることは、よくあります。

 

ところが、私のように常に幸せを感じて暮らしてると思っている人は、
幸せに慣れてます。

ヒカリにも 慣れてる。
思考が現実化するのは、フツーだって思って生きてきたから。

ところが、アッパーリミットを超えると 今まで感じたことのない 痛みや切なさ、恐怖を感じることが わかりました。

 

そこが私のアッパーリミットだったんですね。

人によって、そのあらわれかたは 様々です。

私の場合は、

たとえば、たけしさんや所ジョージさんの「世界まる見え」にテレビ出演したり、
大勢の前で講演や
ウィーン(世界の光と色の学会)で尊敬しているジェイコブリバーマン博士のワークでスピーチなど。

仕事に関してのことは、初めてのことでも 全く恐怖とか ないんです。
なんともない。。。

ほんと、自分でも頭がおかしいのか、、と思うくらい、ニュートラルなんですよね。

でも、それはそれで残念でもあります。

なぜなら、「嬉しい!!!!!」みたいな感情が、希薄なので。
仕事で「わくわくする」とか、ないです。

もちろん みんなが喜んでくれるのをみて、嬉しいとは しみじみ感じますが。
なので、仕事においてのアッパーリミットは ないんですよね。すぐに実現化します。
その他のことでも、たとえば 家を購入しようと思ったら、一軒目で即決したり。

 

お金に関するブロックも、自分でもビックリするくらい ないみたいです。

 

 

他が、いっつもそんな感じなので 突然に今まで感じたことのないような感情がでてきたときには、それはそれはビックリしました。
私と似たタイプのかた。

日々、幸せを感じながら生きてるかたは、それはコンフォートゾーン(居心地のいい空間)
圏内だから、楽々すいすい 居心地よかったんですよね。

でも、残念ながらそれは 自分の<無限>の幸せは、そこに ないっていうか、、、、、

まだまだ のびしろあるんだよーってこと。

その のびしろを感じることのサインとして

痛みや切ない、悲しい という感情を伴う出来事があったときは、進化するチャンスなんですよね。

もちろん そのときは、ただただ なんともいえない どんより感やエネルギーは停滞します(苦笑)
でも、それこそが、自分のアッパーリミットがそこにあるという紛れもないサインですから。
(私と似たタイプのかたは、わかりやすいと思います)

悲しいとか切ないという感情に普段から接してないから、それはそれは自分でもビックリするくらい驚くことの連続です。しかし、その感情こそが 「宝」なんですよね。もちろん、その渦中は そんなことは全く思ってません。
いわゆるネガティブな感情みたいなものに私は慣れてないから。ただただ驚きます。

 

 

2017年夏至 直前に ようやくそれを超えられました。

 

 

ちなみに出来事や まわりの環境が変化したわけではなく、「自分」の視点が変わるんです。

まわりは一切関係ないです。

自分の視点が変わることの現象化として、自ずと出来事や環境は変化していきますが。それは あとづけなんですよね。
仕事のやりかたも、これから 少しずつ変化すると思います。

仕事は、アッパーリミットは全く感じないので、さらに すいすいいける気がします(笑)

幸せをうけとるキャパシティ(器)をどんどん拡大していきたいですね。

自分が思っている以上に、とてつもない幸せは すぐそこにあるのですから。

それを感じることができる<感受性>こそが、最も大切なカギだと思っています。

頭の理論ではなく、身体でわかることです。
そして たとえば こみいった登場人物がどれだけ登場したとしても、
<全ては自分の物語>という視点があれば、誰のせいにすることなく、魂は進化(深化)し続けられると私は思っています。
さらに悦びを感じられる自分になれるように。
いつ宇宙に還っても後悔のないように。

 

 

人間という身体を大切に感じながら、これからも生きていきたいです。