聖なるタイミングと 運命の扉

ノートルダム大聖堂(2016年3月)、また行きたいな〜。来年も行くけど。img_3371

 

冬至に出会ったNさんに教えていただいた本(自伝)を読みながら、しみじみ・・・。
自伝って、ほんと大好き。小さい時から、伝記をよく読んでた。。
本を読みながら、主人公の人生の人との出会いと宇宙の采配に涙。涙。。

 

ほんと<聖なるタイミング>って、ありますよね。

ある日突然、運命の扉が開かれる。
例えば、今まで頑ななまでに「ドア」に鍵をしめられてて、ずっとノックしても開かないから、実はドアじゃなくて「壁」じゃないの?って疑うくらいだったのに、ある日を境に「自動ドア」になったって感じ。

 
扉が開かれるのが「いつ」って、わかってたら なんとかそれまで待てるのに。「いつ」かが、わからないだけでなく、本当にその扉は、開くかどうかもわからない。

 

ドアかと思って、ノックしたのに 壁かも?と思うくらいなんだから。
あまりにも強固だ。

 
本人は、疲れはて途方にくれる。
あまりの苦しさや切なさに消えそうになるだろう。
いつって、わかってたら それだけで生きていける気がするかもしれない。

でも、それはわからないまま 時は過ぎる。

 
運命の扉が開かれるのは、何をしたとか、しなかった・・・ではなく、それは突然やってくる。

波動と流れが、変わる神聖なタイミング。

人間の頭では、想像もできないほど それはひとつの狂いもない。

 

宇宙の壮大な計画。ほんとすごい。

それでも「時間」は、切なく そして、優しい。

切ないときでも、少しの疑いも持たず120%自分の感覚を信じきれるかどうか。

そして、全てをゆだねられるどうかなんだろうね。