壱岐島 2月11日 建国記念日

2月11日の次の日は、再び<月読神社>に行った後

<小島神社>

壱岐島のモンサンミッシェル といわれてる小島神社 。干潮時しか、渡れないらしいが、特に調べたりしないまま行ったら、フツーに渡れました。雪が舞い散ってきれいでした。

 

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そのときにおりてきたメッセージがこちらです。(ほとんど すっぴんで すみません)

(撮影:アムリタ映蓮さん /アムリタは、元フジテレビアナウンサー、報道記者、番組ディレクターでもあり、Art of Feminine Presenceの日本人初のティーチャーです。)

 

 

 

 

自分で言ってて なんだけど。

このときにわかったんですよね。

 

私はそもそも「伝えたい」「表現したい」というwant to がないので、ブログの更新もあまり積極的ではなかったんです。だって、本当におもしろいことは関係者のみなさんもいらっしゃるし、書けないから。

 

そしてあまりに自分が「楽々すいすい・思考は現実化する」って、小さいときからフツーに思ってたから、小島神社がたまたま渡れたこととかも、そこまでの驚きとか全くなく「いつものこと」なんですよね。

<努力、根性、修行>とか、そういうのないし。

どんな出来事が起こっても、淡々としてる。

それは決して感情を抑圧して 淡々としているのではなく、仕方がないことをアレコレ悩むことは、不毛だと思ってるから。常に俯瞰してます。自分の人生(物語)を。

だからカウンセリングやヒーリング、色彩のセミナーなど、どこにいっても 私だけが「きょとん」みたいなことは よくありました。なんでそんだけ感情にふりまわされてるのかが、わからないんですよね。それが いいとか、悪いとかではなく、ただ わからないんです。

だからといって、私に起こる出来事が、何もなく平和だからとかでは、全然ないです。ただ、何があっても、どっしりしてるし、ふりまわれさない。

で、もうそういのも だんだんわかってきたので、なんだか自分の感じかたが、人とかなり違う(?)みたいなのに 慣れてて できるだけその場で浮かないように、なじむように心がけてたんですよね。

<幸せ感>が にじみでないように、変に遠慮する・・・みたいな不思議なことになってた時期がありました。(だいぶん前の話です)

 

 

この「自分が自分の国をつくる」というメッセージは、地球の中の自分を考えたときに圧倒的に少数派だってわかってたから、カドがたたないように気をつかってたけど。

 

ありのままの自分と合う仲間たちと一緒に自分の国をつくるという概念であれば、別にありのまま発信しないと、仲間に出会えない。自分国の世界観もつくれないよねって、ことに気がつきました。自分の意識を変えることで、自分の世界は変わる、自分の世界をつくれるんですよね。

 

でも、まわりりに合わせて、自分のカタチをその場に応じて変容させてたら、本当の仲間たちには、出会えないから。いくらでも人に合わせることは、できるんですよね。お仕事モードになれば、全然できます。むしろ、得意だから。

 

ただそういうことでは、<仲間たち>には、出会えないからね。

 

<楽々すいすい/思考は現実化するって、わかってたよね。フツーにそうしてたよ。私たち♡>仲間に会いたいです。

 

前だったら、こんなことは書かなかったですよね。自慢してるようにみえるかも。とか、思ったし。でも、自慢じゃあないんです。別に自然なんです。それが。

だから、わざわざ<シンクロ>とかも、書かない。だって それが日常だから。

 

自分がイチから始めればいいんですよね。自分国をつくるために。

大勢の中の自分だという認識だと、いろんな人に気をつかってしまうわけだから。

でも、自分が世界を創る、自分国をつくる1番目だと認識したら、本当の自分を表現しないと仲間とは出会えないことが、よくわかりました。

 

もちろんブログを書かなくても、縁がある人とは 会えるけどね。

 

この小島神社でのメッセージで自分の何かの「枠」が外れました。

 

しかも「国をつくる」メッセージが、たまたま建国記念日。よくできてる(笑)