「嫉妬」は悪魔のささやき

「嫉妬」という感情を抱いた先には、悪魔のささやきが待っている

 

「あの人は私のことを嫌いに違いない」

「あの人は私のことをバカにしているに違いない」

 

「彼(彼女)は、他に好きな人ができた」

 

 

全て自分の頭の中で起こってる「妄想」にすぎない。

この「妄想」こそが、悪魔のささやきなのだ。

 

しかし、これは 今に始まったものではなく、

小さいときの傷ついた経験による思考パターンの結果によるものだ。

 

そして負の連鎖は続く。

 

嫉妬という感情は、破壊力もすさまじい。

一人で妄想した結果、自暴自棄になり疲れ果てる。

頭の中は忙しいだろう。

 

 

たとえば つきあっている彼(彼女)に好きな人がいると思っていると それは間違いなく、あなたの言動にあらわれる。

彼(彼女)は、あなたをうっとおしく思うようになる。

そして別れる・・・・

 

あなたの思考パターンは、さらに強化される。

 

<私は愛されない>

<私は愛される価値がない>など・・・

 

でも実際は、彼(彼女)は真正面からあなたを愛しているのに?

 

自分で自分がしかけた罠にはまっているだけだったら?

 

それこそが、悪魔のささやき(頭の中でリピートされる思考)なのだ。

 

自分の中で<愛>が満ちていたら、相手が自分のことをどう思っているかなどは、考えない。

 

もしあなたが同性でも異性でも嫉妬心を抱いたときは

あなた自身を癒すときだ。

 

誰もあなたを傷つけない。

 

傷つけるのはあなた自身だけだ。

 

 

 

「愛」は、ただそこにある。

それは何も期待せず、ひっそりとそこにある。

 

もし彼(彼女)と別れることがあったとしても、愛をおくり続けることはできる。

 

 

たとえば、自分の子どもが 一生会えないようなところに行ったとしても、無事を祈り続けるだろう。これから先、会えないかもしれないとしても毎日、祈るだろう。

それは何かを期待して、祈るわけではない。

 

ただ、ただ 愛しているからだ。

 

 

相手が愛してくれるから 愛するのではない

 

また会えるから 愛するのではない

 

そこに 一切の期待やみかえりは、ない。

 

それが愛だと私は思う。

もし、自分の中に 何か期待が生じたときには、それは愛ではないと思える。

 

 

愛は ただ、ただ 愛しいだけだ。

 

 

 

嫉妬は 昔 傷ついた自分を癒すきっかけとなる感情だから、それ自体を否定するのではなく、愛おしい自分と向き合おう。

 

それは原因を探ることではなく

 

悲しかった

つらかった

絶望した

切ない経験がそこにあった

 

そしてその経験を超え、今まで頑張って生きてきた自分に愛をおくろう

 

人から愛をもらおうとするのではなく、

自分自身に愛をおくろう