協調性はいらない&より深く、よりゆっくりと。

ハワイから帰国後、さらに日々「何もしない」を実践中。

 

「何もしない」というのは、いわゆる「棚からボタもち」みたいにラッキーがまいこむのを「うけとる」といったことでは、決してない。

 

頭で考えた いわゆる<To do リスト>など、私にはなんの意味もないことがわかってるから。(あくまでも個人的な見解です)

「~しなければならない」ことなんてことが、何もないことがよーくわかった。

 

(光熱費やもろもろの手続きなど、そういうことは 「~しなければ」みたいに思う前に、さくさく できる。意識にのぼらないから、そういうことではない。念のため・・・)

 

 

 

 

たとえば、私の場合は「ブログ書いたほうがいいよね」「メルマガずいぶん、だしてないから、ださないとね・・・」みたいなこと。

 

「~したほうがいいよね」は、「今は~したくないけど、したほうがいいよね」というニュアンスが含まれている。

 

すると、「~したくないけど」エネルギーが入るので、いまいちな仕上がりになるんですよね。

 

でも、急に「書きたい」「このことを残したい」と思って、書くときは 本当に書きたいときだから、そういうエネルギーが入る。

 

同じ人が書いた文章でも、そのエネルギーは全く違うものになるだろう。

 

 

そして、このままインスピレーションの赴くままに過ごした先に、何が観えるのか。私は観てみたいのだ。

 

 

 

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先日、あるお食事会に行ったときに、そもそも行く前から「行きたくないかも」と思ってた。でも、前から決まってたし、ドタキャンするのも悪いし、まっ いっか・・と行ったところ、

 

それはそれはみるも無残な出来事ばかりだった。

あまりにもすごすぎたので、私のセミナーの事例として、シェアさせていただき、みんな「それはひどい」といいながら、大笑いしてた。

 

私もあまりのすごさに、いい勉強をさせていただいた。

 

このときの教訓としては「協調性は、いらない」ということだ。

 

最初から、結果がみえていたにも関わらず、

怖いものみたさなのか、

人間観察がしたかったのか、

それとも約束は守らないと、、、という道徳観なのか、わからないが

 

直前に断る勇気がなかった。

 

そもそも約束をしてはいけなかった(苦笑)

 

そういう意味では、素晴らしい学びがそこにあった。

 

しかし、あまりにもエネルギーが合わなかったせいか、次の日 私は 家からでれなかった。。。本当は、スポーツクラブ三昧の日だったにも関わらず、しかも森で瞑想するエネルギーさえも残ってなかった。

 

私も、ほんと まだまだだ。

まわりのエネルギーに影響を受けてる(苦笑)

 

 

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そして、今は自分の「身体」に話しかけることも実践中だ。

 

「身体」は、小宇宙とよくいわれるが、本当にそのとおりだと思う。

 

私の「質」的に、自分を俯瞰することや宇宙全体をとらえることが得意なのだけど。

どちらかというと「マクロ」な視点になり「ミクロ」視点が弱い。

 

もう大きく広がるというより、<より深く、よりゆっくりと>とが、私の今のテーマになってる。

 

少し前までは、私が早すぎるので いつも「待ってる」って感じだったけど、

もう待たなくていいのだ。

 

<ゆっくり>との中に、いろんな恵みがあることが、感覚的にわかったから。

急ぐ必要は、何ひとつない。

全てが完璧に進んでるのだから。

 

もっと深く味わえるよう。

もっと深く官能の中に入る。

たとえば、ただ 果物を食べてるだけで、まるでエクスタシーを感じるかのような恍惚感に人は入れるのだから。

 

それが感受性、感性なのだと思う。

 

自分の感受性を深めれば深めるほどに、それは容易にやってくるだろう。

 

・・・ということで、今日もスポーツクラブに行って、自分の身体と向き合ってきます☆

 

まさに動く瞑想(笑)