瞑想と怒りのエネルギーについて

先日も男性から「瞑想をしてるんだけど、どうしても雑念がわいてくる。どうやればいいの?」と質問されました。

 

残念ながら、私はうまく説明できない。

 

なぜなら、瞑想を初めてしたときも特にこれといって雑念とか わいてこなかった。

 

瞑想しても、してないときも、いつも頭がスッキリしてる。

 

だから、あまり <瞑想が難しい>といった感覚がわからないのだ。

 

ヨガの先生で、ちょっとした瞑想誘導のときに「雑念がわいてきても、そのままスルーしてください」とか「ネガティブな感情がわきおこっても、そのまま~~」とか

 

そういうことを言われるかたが、たまにいらっしゃるが そういうことを言われるほうが、よほど気になる。

 

瞑想状態でも、声はきこえているので、「えっ?」っていう気持ちになる。

別に雑念もわかなければ ネガティブな感情もおこらないから。

 

でも、どうやら ここ数年でわかったことは、雑念がわくかたのほうが多いんだなということでした。

 

なので、私がこれから瞑想を超・極めたとしても 人にお伝えすることはできない気がする。

 

 

そして今日は、お友達のご紹介で ある瞑想教室に行ってきました。

 

なぜ行こうと思ったかというと、さらにチャネリングのときに「視覚化」したいから。

そしてもっと深く宇宙を感じたいから。

 

基本的に「悟る」とか「空くう」とかには、全く興味がない。

せっかく地球にいるんだから、この人間の感情の機微を味わいたいから。

 

私は、「怒る」という感情がかなり薄い。そもそも怒るようなことが起こらない。

「怒り」は、生命エネルギーと直結している大切な感情の一つだ。

別に抑圧しているわけではない。

私が本当に怒ったら、相手をのろい殺せるのではないかというくらい、強いエネルギーが放出されるのを知ってる(苦笑) けれど、そんなに怒ることなんて、人生で何度もない。

 

だからこそ、私は自分が少しでも怒りを感じたときに、怒りながらもラッキーだと俯瞰しつつ、セルフセラピーをする。

 

実は、先日 一年ぶりくらいに イラッとしたことがあり、早速 セルフセラピーしてみた。

 

まずは、この出来事、この感情をうけとり

そして「怒り」の中に入っていく。

 

なかなかのMっぷりだ(思わず検索した。いつものことだがSなのかMなのか、どっちがどっちかわからないからだ。。。使い方 あってるだろうか。。。)

 

怒ってる割には、自分がどんなことで怒るのかをついつい分析。

 

自分の思考を深堀し、違う角度からもヒーリング。

 

そのとき思ったけど、自分を幸せな気持ちにすることって、たくさんあるわけだから、どうしても違うことをして気を散らしたくなるんですよね。

 

だって、怒りという感情は、そんなに気持ちがいい感情ではないから。

 

でも、気を散らす何かをするのではなく、どっぷりこの感情の中に入ることが大切なんですよね。

そーとー味わい尽くしました。

 

ただ、私の場合 基本的に たんぱくなので、すぐに解放される。

 

超・久しぶりに味わった。「怒り」ありがとう☆

こっそり、ひっそり怒らせてくれた出来事に。

 

 

 

 

自分の思考や観念がクリアになればなるほど、宇宙のメッセージを1点の曇りもなく、おりてくる。

 

何事もそうだけど、ある程度できていたとしても、決してそれが終わりではない。

もっともっと極めれば極めるほどに、その先にみえる景色がある。

 

私はその景色がみたい。

 

亡くなった偉人たち(ヨガナンダ様、ゲーテ、アンシュタイン、マリアなど)と、まるで現実かのように会話したい。

今は、チャネリングでつながってエネルギーでコンタクトできても、その偉人たちの視覚化はできていない。

 

そして目にみえない存在たちが、いかに私たちのサポートをしてくださっているのかを書き記していきたい。これは自分のために。

自分の家族や愛する人たちが、何かあったときに少しでも生きる希望になれたら嬉しいと思う。

便宜上、ブログに書くことになると思うけど。

 

それは私の中の<真実>であるだけで、全員の真実ではない。

それぞれみえる景色は違うし、魂の成長に関しては歩く道のりも違うから。

 

みえるものしか信じられない人にとっては、まさに正気の沙汰ではないだろう(

笑)昔の私がそうだったので、よくわかる。

 

「バシャール」の本をみたときも、結局「バシャール」って誰なの?

生きてるの?なんなの?って感じだったから(笑)

 

まさかそんな自分が、今みたいなことをするようになるとは 本当に人生はわからないものだ。

 

でも、そのときから私はずっと

スピリチュアルな方たちが、山にこもったりして瞑想しているのを知って

 

瞑想して世の中が平和になるんだったら、いくらでもするけど、

私はそれを(瞑想)しに ここ(地球)にいるのではないということは、よくわかってた。

 

私は<実践>するために ここにいる。

 

目にみえないものではなく、目にみえるカタチを創造することが一つの役割だと思っている。それは著作物だけでなく、新しい概念のビジネスモデルや教育など。

 

だって、宇宙に還れば ずっと瞑想中なんだからね(笑)

 

地球では、目にみえるものを動かしたほうが楽しい。それが地球にいる醍醐味だもの。

 

 

 

 

 

 

このブログを書いてるときに電話がなり

「女性性」のワークショップを7月に開催することになった。(7/2 or7/9)

最近は、先々の予定を決めれなかったけど、1本の電話で決めた。

きっと こういうことなんだろう。