作成者別アーカイブ: Tomoe Sekiguchi

「人生はそんなに甘くない」?  ~ビリーフ(思考・概念・価値観)から創られる人生の彩り~

「人生はそんなに甘くない」という発言を耳にした。

 

「起業はそんなに甘くない」

「会社員はそんなに甘くない」

「プロになるのはそんなに甘くない」・・まあ、なんでもいいんだけど。

 

使う言葉って、そのかたの思考をそのままうつしだしてるんですよね。

 

 

「甘くない」の次に続く言葉は、なんだろう。

 

「~は 甘くないから、多少のことは我慢しないと」なのか

「~は 甘くないから、もっと努力ないと」なのか・・・。

 

きっと そのかたは、そういう概念で育ち、きっとこれからもそういう思考で生きていかれるんだろう。

 

これは いいとか 悪いとかではなく、私の頭の中にない言葉「人生は、そんなに甘くない」なので、違和感を覚えただけだ。

 

「人生は甘くない・・・」って、多分 生きてきて使ったことがない言葉かなー。

 

甘いとか、甘くないとか、考えたことがないかな。

 

 

ただ独身時代に強烈に思っていたことは「強くなりたい」と、いつも思っていたことを思い出した。

 

どんなことがあっても、生きていける強い精神力が欲しいといつも思ってたんですよね。

<独身時代ね。私は結婚して初めて、自由になれた気がしたんですよね。結婚するまでは 誰と結婚するのか。いつ結婚するのか。しないのか が最大の関心事だったから。>

 

その人の生きかたは、その人の考えかた(思考・概念・価値観)で彩られている。

 

「甘くない」と思われているかたは、そういう「甘くない人生」をこれからも彩られる。

 

私は、「悦びあふれる」人生を創造する。

 

 

・・・かといって、私のところに 辛くて悲惨な出来事が起こらなかったかというと、そうでもないだろうし。

 

その方のところに、悲惨な出来事ばかり起こってきたかというと、これまた そうではないだろう。

 

今までもそうだし、これからもそうだ。

 

結局、どんな出来事が起きても、どう<受けとめるのか>

 

どこに焦点があたっているかに過ぎない。

 

そしてこの意識の焦点のあてかたは、自分で選択できるということだ。

 

 

たとえば

 

<人生を甘くない>という意識で生きていくのか。

 

<人生は悦びあふれてる>という意識で生きていくのか。

 

それによって、どんな出来事が起きたとしても、どういう感情を味わうか自ら選択しているんですよね。決して、<たまたま>といったことではない。

 

その思考・概念・価値観だからこそ 味わっている感情だったりします。

 

でも それに気がついてない場合は、全て 流れていく出来事や自分の目の前にあらわれる登場人物(たとえば上司や部下、同僚、パートナーなど)のせいにしたりする。

 

登場人物は、関係ない。

全て自分の感情を解放させてくれる出来事を引き起こしてくれる影の功労者なのだ。

なので、苦手な上司が異動したところで、その未解決な感情・課題を味わうために 違う登場人物があらわれる。クリアしない限り、それは続くんですよね。

<クリアというのは、自分の中での浄化・感情の解放>

 

いずれにしても、自分の生きかたは 自分で選択できる自由が私たちにはある。

 

それは 「会社員はそんなに甘くない」でもなく「起業はそんなに甘くない」でもない。

どんな仕事をしていても、楽しい人は楽しいし、辛い人は辛いだろう。

 

 

その思考は、全て<自分>独自のものだ。

そしてその思考をもし変えたいと思うなら、変えられるし。

そのままでOKであれば、そのままでいいと思うんですよね。

 

全ては、自分で選択できるのだから。

 

 

 

*もっと学術的に興味があるかたは<論理情動行動療法 創始者 アルバートエリス ABC理論> で検索してみてください。<認知のゆがみ>など、心理学の専門用語で解説しています。