断捨離と「愛」と「豊かさ」と。~本当に欲しいものが、微妙に違ってたのか?~

2017年5月16,17日 一軒家に引っ越してから、毎日 断捨離の日々でした。

「断捨離」しながら 感じたこと。

箱に入ったままのお皿。
箱に入ったままのタオル。
箱に入ったままのシーツ。

「いつか」使うと思ってるけど、
「いつか」なんて日は、ないんですよね。

空間だけが占領されていく。

すると やっぱり風とおしは よくないです。
そして 既に欲しいモノは十分にそこに「ある」ということ。

タオルも、えんぴつも、クリップも、ノートも、付箋も、石鹸も ファイルも 一生分くらい ある気がする(苦笑)

たとえば、使わずに箱にしまっているだけのモノや
どこに何があるかわからない場合は、そのモノとしては 機能してないのと同じだ。

だから「ない」と思って、似たようなモノを買ってしまうことも少なくないだろう。

実際に使ってないから、あることさえも忘れているのだ。

そして何より空間がモノで占領されているので、新しいモノが入るスペースがない。

 

 

それで ふと思った。

これは「愛」と「豊かさ」と ちょっと似てる と。
既に充分に「ある」のだ。

そして気がついた。

既に「ある」のだ。

私が唯一、心の底から欲しがっていたものは
既に もってた。
そして、その「ある」ことがわかってなかっただけなんですよね。

だってそれを「外」に求めてたから。
「外」は関係ないのにね。
中にあるものが現象化してるだけだから。

人のセッションだったら、よーーーくわかるのに・・・ね。

自分のこととなると、みえなくなる。
それが欲しいものであれば、あるほどに。

そしてそれは、唯一 「楽々すいすい」手に入らないと思ったものだったから。。

すごく遠く、
だからこそ それはそれで あきらめて
次に進めたらどんなにいいのかって思ってたんです。

ところが、それ自体が本当に欲しいわけではなかったことにも気がつきました。

あらっ、ビックリ。

なんと、欲しいものは それではなかった。
ただ それらに関する<感情や悦び>を味わいたかったんですよね。

で、それだったら既に「ある」ことに気がつきました。

ただ もっと深まるはずなんです。

既に「ある」けど、まだまだ深まる。

これは大きな発見でした。

(具体的に書ければ わかりやすいのは、百も承知ですが 抽象的な表現ですみません)

 

 
去年は、ただワンピースが足りないだけだと思ってたら、違うパズルをしていたことに気がつき。

今年は、ワンピースがない・・・ということではなく、
既に パズルは完成されてたんですよね。

でも、それに気がついてなかったから、なんだか切ないわけです。
いつも切ない(苦笑)

だって、いつまでたってもパズルが完成されないんだもの。

 

 

まさか、既に「ある」とは、思わなかったな。

まさに「チルチルミチルの青い鳥」状態ですね。

それに気がつければ、全然違う角度から 世界をみることができるから。

今の一進一退状態から、解放される気がします。

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