孤独について

こんにちは。関口智恵です。

私は「孤独」という言葉に弱い。
胸がキュンとするのだ。

3年前、あるご縁がきっかけとなり、アスペルガー・ADHDのお子様とお母さまを対象にしたスターライト親子アカデミーを行うことになりました。
アスペルガーの特徴のひとつに「人に興味がない」と書かれてありました。
この一文を目にしたときに私は、「孤独」と同じくらい、胸がキュンとした。
「人に興味がない人」を私はきっと理解できると思ったからだ。
別に私が「孤独」で投影しているから・・・といったことではなく、なぜか「理解できる」という根拠のない確信がそこにある感じ。

きっと現世ではなく、前世かいつかどこかで、私はそーとー孤独だったのかもしれない(苦笑)

経営者やアーティスト、天才は、常に「孤独」なようで、今の仕事(の一部)でそういうかたたちにコンサルティング、ヒーリングなどをさせていただいていることは、適職なのかも。

仕事以外でも、「孤独」な人とは縁は深く、
一見、地位や名誉、すべてを手にいれているかのような人に限って、孤独だ。
まわりには、そのファンや支援者、ブレーンがたくさんいるように見えても、著名になればなるほど、その孤独感は増すようです。

でも それを選んでいるのも「自分」だという自覚があれば、地位や名誉があっても、愛を感じながら生きることもできる。孤独が悪いわけでは ない。どちらでもいいのだもの。

人生は自分で選択している。

今のまわりの状況や自分の心模様は、過去の蓄積の「結果」なのだから。・・・

もし 気にいってなければ、それは自分の意図で変えることは、できる。

気にいっていれば、そのまま進んでいくでしょう。

すっかり大人になった私たちは、すべて自分で選択できる。

誰と会い、同じ時間を共有するのか。

 

 

仕事でも、プライベートでも、今までご縁があった方たちが幸せだったら嬉しいなーといつも思っています。たとえば それぞれのご縁の役割が終わって、永遠に会うことがなくなったとしても。

そして 2016年2月~これから どんなかたと どんな風に関わっていくのか想像もつかないけど、今までとは全く違う何かが始まるのだけは、わかってる。

一瞬、一瞬の出来事を大切にしていきたいです☆

 

 

P.S  なぜか 人によっては「それぞれのご縁の役割が終わって、永遠に会うことがなくなったとしても。」にフォーカスして、お仕事などで ちょっと会ってないかたから、ご連絡をいただいたりしますが、別に 誰かのことを書いているわけではなく、「たとえば」の話です。。。