光と影。著名人の逮捕

光をたくさん浴びてる人ほど、影が色濃くでやすい。

 

今日も有名スポーツ選手の逮捕が報道された。

アーティストもアイドルも芸能関係のような表舞台にたつかたは、特にメンタルマネジメントが大切になる。

朝がきて昼になり、そして日が沈むサイクルが自然の摂理であれば、一生をとおして光だけの人生は、それは逆に不自然になるのだろう。いかに自然のサイクルの流れの中で、虚像ではなく<真実の自分>として生きられているかが、とても重要な気がしてならない。

 

メディアというつくられた世界の中で、どれだけもてはやされたとしても、自分が幸せでなければ、意味がない。

Fecebookに「いいね」が何千おされていたとしても、本当に自分が困ったときに、駆けつけてくれる友達が一人もいないのであれば、寂しいだろうし

年賀状や「お誕生日おめでとう」メッセージが届いたとしても、直接会えない関係であれば、もうそれはそれまでの距離感の関係性にしか すぎない。

(これはあくまでも私の価値観であり、個人的な見解です)

 

 

私は、今も昔も、光の道を歩いている人たちの相談にのらせていただくことが多い。
なぜかそういうスポットライトを浴びてる人たちとご縁がある。

彼らの痛みが、よくわかるからか・・
私が全く地位や名声に興味がないからか・・・わからないけど、

私はそういう人たちから、やたら好かれる(笑)

もしかしたら自分では「孤独」を感じたことはないけど、孤独なのかもしれない(笑)
幸せそうな家族がいても、友達やファンのような人たちがたくさんいても
孤独な人は多い。

薬やアルコール依存、買い物依存、摂食障害、SEX依存など、何に依存するかによって名前は異なるが、根っこの潜在的な欲求はみな同じだと私は思う。

「愛されたい」
「甘えたい」

圧倒的に(発達心理学としての)幼児期に甘えが足りてない。

中には「愛」を感じたことがない人もたくさんいらっしゃる。

誰もがみんな愛情飢餓状態だ。

 

彼らと、小さいときに出会っていたなら 私が抱きしめてあげられたのにといつも思う。幼いときの寂しさは、死活問題だ。
全ての感情にふたをして生きるしかないもの。
そうでないと生き延びることはできない。

人は愛がないと本当の意味では、生きられないから。
虚像の世界では、生きられるかもしれないけど、すると どんどん苦しくなる。

なぜならば、基本的に「自己肯定感(尊重感)」が足りてないのに、他人からは どんどん褒められる。そのギャップが大きければ大きいほど、人は壊れていく。

だからそのギャップをうめるために、逆に自分を自ら陥れて ギャップをなくそうとする。

もちろん意識的にそうしているのではない。
潜在意識がそうさせるのだ。

 

 

逮捕された有名スポーツ選手も、アーティストも、アイドルも 大麻や薬に手をだしたくてだしたわけではない。それを「自制できない弱い人間だ」と言ってしまえば、それまでになる。別にかばうわけではないけれど、人はそんなに強くない。

だからこそ「強くなりたい」と思うのではないのかな。

それは、小さい時に「早く大人になって、自由になりたい」と思ったのと同じくらいに。

 
その一方で、幼少期に愛が足りてなかったとしても、魂の質によって、また自分の生きる力や知恵によって、

 

それを生きる糧にして、幸せを感じている人がたくさんいるのも事実だ。
環境や親の育てかただけでは、決してない。
魂の宿題が、人それぞれ違うのだ。

 

でも、全ては自分の「物語」

自分が、生まれる前に決めてきた「設計図(人生の脚本)」どおりに、道を歩いている。

それをふまえつつ、世界をみたら どんなことが起きたとしても 人のせいにすることなく、自分を省みることができるのではないだろうか。

全ては「自分」が創造している人生(物語)なのだから。
それでも、やはり自分だけの力には限界がある。

どんなに客観的な人だったとしても、自分のことを本当の意味で俯瞰することは、なかなか難しいから。
私は おかげさまで 「愛」がたくさんある(笑)
心理学や色彩、ヒーリングなど たまたまの流れで今の仕事をしているけど。
ご縁があるクライアントの役にたてて 本当に嬉しいと思っています。

そして何より 愛する人の役にたてるのが一番嬉しい。

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