悲しみという感情

私は、急になんとなく、静かに
悲しくなるときが 定期的にやってくる。

何かつらい出来事があったとか
誰かがいなくなったとか
そういうわかりやすいことがあれば、わかりやすいんだけど。

平和な日常の中で
愛する家族や友達とは相思相愛だし
人間関係でトラブルはなく、いたって幸せにも関わらず・・・

悲しみはやってくる。

今まで心理学やヒーリングで生育歴から前世から、いろんな解放や浄化をしてきた。もともとインナーチャイルドやカルマ的な部分が薄い、、、にも関わらず

悲しい。

これが 誰か忘れられない人がいて悲しいとか
そういうわかりやすいことがあれば、非常にわかりやすいのにね。。と思う(苦笑)

しかし、そうではなく ただただ悲しくなるときがある。

これは たちが悪い。

でも大事なことは、分析ではない。

原因を探ることは、今の私には必要ない。

だから悲しみがやってきたときには、この悲しみの中に入りこむ。
悲しみと一体化する。
悲しみを味わいつくす。

これをしないと、また 定期的に同じ悲しみがやってくることを知ってるから。
今は、そうしている。

私の場合は<悲しみ>だけど。

これが<怒り>の人も多い。

たとえば、生まれる前から夫婦ゲンカをお腹の中できいていて、わかりやすい愛情が足りていない場合、<怒り>もしくは<絶望>を常に感じながら生きていくことになる。
(人によって異なる)

それはそうだ。生まれる前から父と母のケンカをきいているのだから。

するとどんなに社会的に成功しても、いい家庭を築けたとしても、その怒り(もしくは絶望)をもち続けているので、それを解放しない限り
心からの安らぎは こない。

もう一度いう。

社会的にどんなに成功したとしても、愛するパートナーと暮らしていたとしても
心からの安らぎや幸せを感じないのだ。

怒りを解放しない限り、怒りを解放せざるをえない出来事がやってくる。
イライラさせられる。

<絶望>の場合は、消えたくなる。

但し、愛するパートナーに母性や慈悲があれば、生まれ変われる場合も多々ある。
父や母からもらえなかった愛情をパートナーが注いでくれる。運よくそういうパートナーと出会えたら<愛>という知らなかった感覚も味わえる。

でもそれら含めて、全て私たちは 地球に降りてくる前に設定しているらしい。
もう決めてきてるんだね。

だからもし、今でも 愛がわからないとか、絶望の中にいる・・・と思っている人は、それら含めて魂の本当の自分が決めてきてると思えば、
誰のせいでもなく、<結局自分なんだね。。。>みたいな気持ちになれるかもしれない。

人にはそれぞれの魂の質やステージや歩む道のりが違う。

だけど、日に日に成長していることだけは確かだ。
そして表面的に ガッカリするような出来事があったとしても、それが必要だったから そのようなことがおきてる。

そのときに 感情を味わいつくすことで、進化(深化)する。

しかし それをなかったかのようにしたり
誰かのせいにしている限りは
また同じ感情がやってくる。
登場人物が変わるだけで 経験する感情は同じ質のものだ。
無限ループだ。

今の私は、記憶にない<悲しみ>を感じたときには、敏感にキャッチし せっせと感情の中に入りこむようにしている。

近くに愛する人たちがたくさんいるから、気を散らすことは とても簡単だけど。

それだと進化(深化)しないから(苦笑)

そしてこれは一生消えないこともわかってる。
<喜び>がある以上<悲しみ>は、なくならない。

8月15日終戦記念日だったからか、
昨日は なんだか悲しかったね。

戦争時代に味わった感情を想像するだけで、失神しそうになる。
しかしそれと同時に人間の強さを感じる。
どんなに辛くても、たちあがり、前を向いて歩いてきた先人たちがいる。

もし消えそうになったら「はだしのゲン」を読んで欲しい。
きっと「すみませんでした」という気持ちになるだろう(笑)

<小学生のときに図書館で泣きながら「はだしのゲン」を読んでた。>

そして 私に 今 必要なのは、

人と つながることではなく

<大いなる自分>と つながることだ。

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